Click here to visit our sponsor


NEw (2008年7月17日 )                                      

 小笠原諸島返還40周年 「観光立島」に向けて

  島民に夢が持てる明確なグランドデザインを示せ  

-------------------------------------------------------------------------------------- 

 小笠原諸島が返還されて、約半世紀近い40年が経過した。40年といえば、人間でいうと、青年から壮年にさしかかる年代だが、さて、小笠原は、壮年にふさわしい体力、つまり活力を持った島作りができているのだろうか。

 返還40年の道のりは、歴史的にもひとつの区切りでもある。小笠原の島をどう「島おこし」をしていくか。次のステップへの強い足掛かりにしなくてはならない。

 小笠原とは何なのか。何が「売り物」なのか。南国(亜熱帯)の美しい自然である。本土では体験できないまぶしい太陽と青い海、亜熱帯特有の多彩な動植物群に囲まれた自然の宝庫は、本土とは別世界の異質の環境といっていい。小笠原は、貴重な観光資源を持ちあわせているのである。 

 そのため、小笠原村は「世界の交流アイランド・小笠原」をキャッチフレーズに、「エコツーリズム推進基本計画」など策定し、「エコツーリズム」「観光立島」を島おこしの柱に掲げたのも当然だった。それらの一つ一つに目標に向け、計画的にどう積み上げして実行していくかである。それには積極的な情報公開を含め、明確なグランドデザインを島民に示すことが必要だ。

 40年前、返還時の小笠原村の生活インフラ整備は、ほとんどゼロに近かった。返還以来40年間で、上下水道、道路、港湾、住宅といったインフラ整備がそこそこに行き渡ったのは、当たり前のことだ。これまで日本経済は成長を遂げ、とくに復帰後の小笠原は国や東京都から1千2百億円余の手厚い補助、助成を受けてきたからだ。

 村にとって問われることは、そうしたインフラ整備を足場にして、島おこしにつながる活性化策が着実に実行に移せたかどうかである。活性化策の柱が観光立島だが、目標に向けて、どこまで政策が実現したというのだろうか。

 もともと、観光おこしは、(空港問題を含め)思いつきや抽象的議論だけでは、とても実現しえない。緻密な計画のもとに、一つ一つの部品を組み立てるように構築していくものだ。そして、イメージと現実が一致する観光の「顏」を、しっかりと築き上げていくことも不可欠の条件である。これまで村の観光政策に、そうした緻密な計画性と戦略、さらに言うと、明確なビジョンがあったのだろうか。

 今月行なわれた、返還40周年記念事業でも、思いつきの“人寄せ”のイベントが目立ち、その場限りで終わってしまうものが目立っている。数千万円もの貴重な税金が、今後の村づくりに生かされなかったことは残念だ。さらに、島おこしや将来の観光振興を促すものが少なかったのは、小笠原の村づくりに、しっかりしたビジョンが不足していたために違いない。

□ハードル高い「空港建設」「世界世界自然遺産登録」□

 小笠原村は、10年ごとに行われる返還記念にその都度、小笠原の歴史・文化や、帰島問題、島民の苦悩の道のり等々を島内外にアピールする具体的施策が望まれる。さらに、恵まれた自然の中で暮らす我々が、自然と共生していくことはどういうことなのか、来島者が目で見て、体感してわかるような具体的な取組みが必要だ。

 現在、小笠原村は小笠原空港建設のほか世界世界自然遺産登録の申請をしているが、実現までのハードルは高い。それには、村づくりのビジョンを考えるとき、その根底に明確な“理念”が無くてはならない。 

 「小笠原の歴史」と、「平和への願い」を基盤に据えた上で、人と人、自然と人が共生する、独自の文化の再構築を図ることが、質の高い観光立島を目指す要因となる。それが小笠原の“心”であり、40歳になった小笠原の今後の使命ではないだろうか。(H・Y)

---------------------------------------------------------------------------------

戻る