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                    【山縣 浩】

 

NEw (2007年4月23日 )      

 (ウオッチング) 小笠原村議選を終えて 

 「○○をよろしくお願いします」「皆様のために頑張ります」----。4月17日からの五日間、普段静かな小笠原村は懸命の選挙合戦で盛り上がった。で、一夜明けて、わたしたちの新しい選良が決まった。これから4年間、有権者の信託を受けた選良たちにたっぷり仕事をしてもらわなくてはならない。

 有権者がよく歯ぎしりするニガイ経験だが、あれほど街頭で頭を下げ、「頑張ります」「お願いします」を連呼したはずなのに、ひとたび当選すると、見事に変幻してしまう姿である。

 今回の小笠原村議選は、住民たちの村政への不信感が強かっただけに、ウカウカ出来ないという考えが候補者のだれもが感じた結果であったに違いない。新生なった議会の活躍に期待したい。

 そこで、改めて全議員に二つほど注文したい。一つは、当選して議員になったということは、単に議員という立場になったにすぎないのであり、議員としての力量を付ける戦いをこれから始めてほしいということだ。二つめは、議会が言論の場である以上、『質問』は議会活動の中で最も重要な仕事である。「調査なくして発言なし」というように、質問の事柄の全容を把握した上で、問題点をキチッと追及し、その上で、どうあるべきか議論してほしい。

 実のある審議をするには、日頃からの調査活動と事実への探求が要諦である。それには、地域住民の代弁者として気軽に話を聞き、親身に相談に乗って解決していくという姿勢も大事だ。

 これからの地方議員は、積極的に政策勉強会や情報収集をする必要がある。「任期中に力もつけず、また次の候補になる」など、議員になることだけが目的となってほしくない。大いに力をつけ、実績を積んでいってほしい。(浩) 


 ウオッチング平成19年4月    

 常夏の島・小笠原新年度スタート

   4月は、4年に1回の統一地方選挙

 暑さ寒さも悲願までーー正岡子規のおかあさんが「今日はバカに寒いじゃないか」という知人の言葉に「毎年よ、彼岸の入りに寒いのは」と答えた。子規が、そんな母の答えをエッセーの中で紹介したことから、自然と季節感を表す句となった。

 常夏の小笠原ではピンとこないが、内地は3月は寒く暗い冬に別れを告げ、4月は若芽がふき出し、花のつぼみが開く春への季節の変わり目。社会的にも新年度にあたり、小笠原でも、ピカピカの新入生が誕生。学校の先生、公務員の赴任など新しい村民が登場する。今年は、4年に1回の統一地方選挙も控えている。

 小笠原では、4月に村議選が待っているが、今回は、8つの議席に予想される立候補予定者が約10人前後。2人のベテラン議員が立候補をしないことから乱戦模様も予想されているが、選挙を前に、原点に立ち返って選挙の意味を考えてみるのも無駄ではないかもしれない。

 何のために選挙をするのだろうか。有権者の選んだ「公人」(首長や議員)が有権者の期待通りの仕事をしているのか、4年間の仕事ぶりを評価、査定する作業である。そうである以上、血縁、地縁やなれ合いなどとは無縁でなくてはならない。

 流れを変える節目、そのキッカケをつくるのが選挙である。「住民の水準が政治(行政)の水準をつくる」という言葉がある。「1票の重み」が指摘されるのも、このためだ。小笠原を活力ある島に変えよう。そんな契機となる有意義な選挙にしたい。(浩) 

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□ウオッチング平成16年7月

 環境月間(海の日)の19日、世界に誇る小笠原の美しい自然を守り海岸をきれいにしようと、小笠原観光協会が中心となって小笠原父島の磯・海水浴場7ヶ所で海岸清掃が行なわれた▼海岸には漂着したペットボトルや空き缶、ビニール袋、漁網など多岐にわたった。約1時間半の清掃作業で拾い集められたごみは2トントラックック約5台分。さいわい始末しにくいプラスチック粒や船舶から不法投棄された廃油ボールなどなかったが、以前小笠原の海岸にはこの種の漂着物が多かった▼今では普通となってしまったが、数十年前、アポロ13号から見た青い地球の写真は「水の惑星・地球」の例え通り、対照的な周りの色と比べて神秘的な感じで全世界の人々に感動を与えた▼私たち人類、動植物の生命を育んできた海だが、私たちの生活は海に対して優しくはない。海洋汚染の大半は、工場排水や化学物質などのほか、生活排水など陸上の汚染が起源であり、自然界で分解されないプラスチック製品の投棄は海洋生物を死に追いやる ▼私たちの身の回りを見ても、台風や大雨のたびに海を赤く染める赤土の流失。海岸に打ち上げられたり、放置されたごみ。汚染のほとんどが日常的な社会経済活動に関係したことばかりだ。地球を汚している”犯人”は私たち人間なのだ▼私たちが住む小笠原も決して例外ではない。島民全体が、本気で小笠原の自然環境を誇り、「保全と共生」を図ろうとするならば、 小さなことから始まる「海岸清掃作業」は決して無意味ではない。


ウォッチング平成16年4月

 四月は新学期、新年度、人事異動、そして入社式のシーズン◆恒例の入社式。今年は、社長の訓示も、日本経済が、世界規模の大競争、構造改革に揺れる中で意識改革を訴えるものが多かった。「今日の勝者は明日の勝者ではない」「出るクイになれ」「「変化の時代こそ多大な挑戦のチャンス」と“ゲキ”が飛ぶ。「怠情な人間(企業)は容赦なく淘汰される」「君達自身が会社そのものだ」。訓示も、ここまでオクターブが上がると、悲痛な叫びに近い◆さて、新社会人としてスタートするみなさんに一句。“雨に風にあうほど蘭の白さかな”(故・吉川英治氏)これは、雨に打たれ、風に打たれるごとに蘭の花はますます白の鮮やかさをましていく。そういう人間になって欲しいという、はなむけの言葉だ◆リストラ、縮小、改革と民間は大揺れの中で激しく苦闘しているが、「官」の方はどうなのか。「日本丸」は荒波に揺れる木の葉のようだが、政治、国会は何をやっているのか分かりにくい。だまし合いとかけひきに明け暮れ、旧態依然のままだ。政府は、待ったなしの行革を問われているのに、既得権をかさに動こうとしない。◆競争社会と無縁なの「官」である。民間以上に意識改革が問われているのは「官」ではないか。四月は新年度。一年が終わって、また新しい航海に乗りだす区切りの月である。


ウォッチング平成16年3月

 牛肉(BSE)騒動に次いで「鳥インフルエンザ」が猛威を振るい、思わぬ社会現象を巻き起こしている。山口県に続き大分県でも鳥インフルエンザの発生が確認された。どちらも感染経路は未解明、相互に関係があるのかも分からない。とにかく謎が多いのである◆ニワトリと人間とのかかわりは長い。古くから不穏な夜の闇を払い、朝の光をもたらす霊鳥とされた。孟子は「君子・小人の区別は鶏の鳴くその時から定まる」といった(諸橋轍次著「十二支物語」)▼米英の研究チームがスペイン風邪ウイルスの遺伝子を解読した。86年前に2000万人を超す死者を出したとされる史上最悪のインフルエンザも、中国広東省から発生した鳥ウイルスと似ていたという。新型ウイルスが出現したらと考えるとぞっとする◆昨年の「冷夏」によりコメが10年ぶりの不作ということで、便乗値上げや偽装表示が後を絶たない◆有名ブランドのコシヒカリの新米の卸価格がいきなり5割近くもハネ上がる。有名銘柄米に複数の銘柄を混ぜたり、ひどいのは丸ごと銘柄を偽って売る偽装表示販売も急増している。偽装販売なら、サギ販売。これが横行とはひどい話しだ◆昨年産のコメは不作でも、在庫は潤沢で、不足の心配は全くないという。偽装表示に消費者はだまされてはなるまい◆消費者はすっかり「賢者」に成長したことを、売り手側は知るべきだ。▼結局、食生活の便利さや合理性を優先してきた付けが回ってきたということなのか。何を食べるか、どう食べるのか。真剣に考えるときなのかもしれない 今年ももう間もなく春の季節。時は早い。


ウォッチング平成15年7月

 長崎市で中学一年の男子生徒が四歳の児童を誘拐、殺人を犯す信じられない事件が起きた。「こんなに幼い顔をした少年が、なぜ----」と驚く◆少年は鑑別所で「申し訳ない。勘弁して」と反省しているという。「勘弁」は〃堪忍〃と同様、許すという意味もあるが、もともとは禅宗で修行者の力量や素質を試験するという意味が込められている◆そう言えば、数年前、政府・自民党のダーティーぶりを歯切れよく攻撃する野党女性議員。なんと自らの経理操作のダーティーぶりが発覚して、議員辞任の際、「勘弁、堪忍して・と泣き崩れたシーンを思い出す◆「八百長」「村八分」「総スカン」、さらには「しっぺ返し」「虫酸が走る」ーー。繊細な日本語に、〃立腹〃〃堪忍〃を表現する言葉にも微妙なニュアンスで多彩な言語がある。埼玉県の〃大物〃知事の長女が、公的な政治資金を好き放題ポケットに入れたあげく、逮捕された◆「後ろ指をさされることはしていない」とシラを切っていた知事も、最後は、やはり「申し訳ない」と辞意表明。「後ろ指」「申し訳ない」も、なんとも暗く、腹立たしい言葉だ。それにしても、ダーティーの巣くつとなった知事の政治資金管理団体「地方行政研究会」、長女が社長をしていたコンサルタント会社とは、これもシラける◆日本語は乱れきっているが、村長選を前に、選挙公約や演説では、正しい実のある日本語で表現をーー。


ウォッチング平成15年6月

 小笠原諸島が世界自然遺産の候補地にーー。村民にとって、心が踊るようなビックニュースだった◆「世界自然遺産」とは、一九七二年に採択された世界遺産

条約に基づき、世界の自然は人類共通の遺産という考え方に立ち、その地域を登録、世界自然遺産の監視の中で保全しようという制度。登録されれば小笠原は、文字通り世界的な自然遺産の島となる◆評価されたのは、言うまでもなくこの海洋島を特徴づける特有の生態系による動植物の固有種や希少種だ。「エッ、小笠原にはそんな貴重な自然があったのか」が村民の実感ではなかったのか。小笠原には、とんでもない大きな“宝”があることを教えられた感じだ◆しかし、喜んでばかりはいられない。世界遺産委員会への推薦に当たっては、自然環境の保護策の策定が不可欠の課題となるからだ。振り返ってみると、こうした小笠原島の貴重な自然環境を守るため、空港建設を当面取り止めにした◆では、その自然環境をこれまでどこまで“保全、保護の努力”をしてきたというのか。あるがままの自然を保全、保護するということは、自然の生態系を障害を取り除くなどして力強く生息できるよう管理することだ。決して野放しや放置することではない◆移入種や野ヤギひとつを見ても、駆除対策が追いついていないではないか。嬉しいビッグニュースで、目を覚まされた・・。そんな感じだ。


ウォッチング平成15年5月

 桜の花もすでに散り去り、五月のゴールデンウィークも終わり、次は梅雨の季節。夏も、もうそこに来た◆移り行く「時」(季節)の流れははやい。が、この の人間社会の方は、なかなか移り行かない。十年を超す日本の経済の低迷、迷走は一向に変わらない。国民の所得も企業の売り上げも株価も、下がりっ放し。日本経済もわたしたちの財布も、どんどん縮んでいくばかりだ◆分かりにくい話だが、もっと深刻なのは、少子高齢化現象も止まるどころか、一直線に進んでいることだ。総務省発表によると、十五歳未満の」子供の推進人口は、四月一日現在で前年比十七万人減の千八百一万人。過去最低をまた更新した。なんと二十二年連続の減少で、少子化にまったく歯止めがかからない◆表現は悪いが、高齢化が増え、労働生産人口が減る、頭でっかちの人口構成は、経済力を衰弱させる。少子化の進行は、日本経済をどんどん弱体化に追い込む。時は、確実に移り過ぎても、日本経済の、アキレスけんは、でんと居すわり不変・・・・とは、困ったものだ。時の流れとともに、居すわるこの「負」を追いやることができないものか◆〈天の下のすべての事には時があり、すべての業(わざ)には時がある。生まるるに時があり、死ぬるに時がある。(殺すに・・癒すに・・戦うに・・和睦に・・時がある〉。「癒すに時の到来」とならないか。


ウォッチング平成15年4月


 四月はサクラ吹雪の中で、入学、進学、新社会人の誕生の月。一年三百六十五日が、一巡して、私達個人も社会も日本経済もひと回り大きくなって戻ってきたと思いたい◆そのサクラ吹雪は、いま本土では急ピッチに北上中だ。サクラの時期になると、いつも思うことだが、狭い日本も、南北のタテは意外に長い。南端の沖縄は、もう海開きのシーズンなのに、北海道はまだ凍てつく雪景色◆小笠原の島は初夏を迎えたというより、亜熱帯、常夏の・楽園・である。で、これまたいつも思うことだが、例えば、避暑地といえば東京近辺では、「軽井沢」「八ヶ岳高原」などとすぐイメージが浮かぶ。では、避寒地リゾートは・・。温暖な「伊豆」、それとも最近は千葉県の太平洋黒潮が押し寄せる「房総半島」が思いつくが、不思議なことに、・筋金入り・の「小笠原」のイメージは浮かばない◆本土から距離が遠い、という反論もあろうが、世界を見れば、この程度の距離はなんの障害にもなっていない。米本土から三千・以上離れたハワイ、欧州のフランス、スペイン、ポルトガルなどにも本土から離れた避寒リゾートの島はいくらでもある◆いま各自治体で、観光おこしがすさまじい勢いで始まっている。地域内の小さな観光資源まで徹底的に洗い出し、客寄せへ事業化に必死だ◆観光への受け皿とイメージづくり、無作為の愚は許されない。そういうば選挙も、数日後に迫った。


ウオッチング平成15年新年号


 新年おめでとう。21世紀もあったという間に3度目を迎えた・景気は先の見えない冬冷え。これに対する政治、政策は相藻変わらぬ無策と混迷。年が明けて25年前の北朝鮮の拉致被害者の帰国は明るいニュースだったが、被害者の妻や子供達はまだ帰ってこない。その北朝鮮との交渉は、まだテーブルにもつけない・〈凍傷株価〉(東証株価)〈必生帰願〉(必勝祈願)が、昨年の世相を象徴する言葉だったが、羊年の新年は 、どんな創作四字熟語の年となるのだろうか。〈変革〉は、小泉首相得意の言葉だが、掛け声やパフォーマンスだけでは、砂上で踊るだけの楼閣である・何でもよい。村にとっても己にとっても、何かプラスに転じる変革に向けて動き出したい。変革とは対極の怠惰な持続や不作 は、生き方として怠惰というほかない。その点で昨年唯一の明るい話題は、サラリーマン技術者でノーベル賞を受章、会社からの役員昇格を断った田中耕一さんの〈突然  異〉(突然変異)だった・言葉ではなく、日頃の地道な努力で変革の実績をあげた典型例といっていい。政策、行政であれ、個人であれ、改革へ向け、まず身体をもって動き出すことである。田中さんの栄光は、そのことを実証した・独りでは何もできない。しかし、まず独りが始めなければ、何もできない。その独りになろう。新年の「誓い」にしたい。


ウオッチング14年12月号


 今年も年の瀬、師走を迎えた。一年、つまり春夏秋冬の季節を旅する“ランニングコース”を、人間はどれほど走り抜いたことか◆「あっという間の一年だった」と思う人も、逆に「やっと一年が過ぎた」と感じる人もいよう。この一年の、それぞれの体験や生き方、考え方で、その思いは違うだろう。「今年は充実、意味のある年だった」と振り返る人もいれば、「惨々だった」と悔やむ人がいても不思議ではない◆国としてみると、経済はデフレ不況、リストラ、不良債権が荒れ狂った。政治は、例によって混乱、混迷。政治家の「秘書が・・、秘書が・・」の弁明に、国民はウンザリもした。社会面では、年々増える超凶悪犯罪、警察が振り回される一年でもあった◆では、村として、この一年をウォッチすると、どうだったか。村民待望の小笠原空港建設の延期、凍結が確定したことは、夢が消えたということかもしれない。観光立島をめざすインフラ整備や、青写真への目標達成がほとんど進んでいないのも、村民にとっては欲求不満だった◆「人間には進歩か退歩しかなく、この中間はない。現状維持と思うのは退歩している証拠だ」(森信一)。年の瀬は、実は新しい年への“序幕”である。次の年こそ、明るい変化、変革へのアクセルを踏むジャンプの年にしたいものだ◆来年こそ、村も村民も「現状維持」の怠惰な意識とサヨナラしたい。そして、元気に明るくニューイヤーを迎えましょう。


◇ウオッチング/2002年11月号


 西欧の哲学者が説く“哲理”や小説、芝居の中には「なるほど」と思わせる含蓄のある言葉が多い◆17世紀のフランスの哲学者パスカルの「瞑想集」の中の〈人間は考える葦〉の言葉は有名だ。永遠、絶対の宇宙の中で、人間ははかなく小さい。しかし、〈人間だけは正しい志向、つまり道徳の原則を知っている〉と説いた。〈愚考による人間性の不安定性を自覚することが神へ至る道でもある〉と“味”のあることを教えている◆〈我考え、故に我あり〉と教えたのは、同じ17世紀フランスの哲学者デカルト。一切万象を否定しても〈自我を持つ我だけは残る〉という心理を説いた。だから、人間の精神は、あらゆる物質より優越する。逆に、その精神に誤りがあったら、人間失格と厳しい。その人間の精神、心に疑問符を投げかける痛烈な言葉も多い◆これも17世紀フランスの喜劇作家モリエールは「しいられた結婚」の中で、主人公に〈言葉は思うところをいつわるために人間に与えられた〉と言わせている。これを受けて、18世紀の哲学者ヴォルテールも「去勢鶏と若い牝鶏」という哲学対話で、去勢鶏が人間を批判して〈彼らは自分の不正をごまかすためにのみ思考を使う。言葉はごまかしにしか用いない〉と怒らせている◆そして、シェークスピアの芝居「ジュリアース・シーザー」にある〈ブルートゥス、お前もか〉となる。政治、経済、社会。いまのご時世を予言しているようだ。


◇ウオッチング/2002年10月号

 「風景的言語」という言葉がある。〈明るい〉〈よかった〉〈嬉しい〉といった表
現がそんな言葉だろう◆昨今、なんと「暗い、嫌な、ニガニガしい」表現の風景的言語
の多いことか。日本経済は十年以上も長期低迷にあえぎ、最悪の苦境から抜け出せない
。「ニッポンは、いったい何をやっているんだ」と海外から猛攻撃を受けている◆わた
したちの暮らしに直結する経済について言えば、〈またも株暴落〉〈どん底〉〈信用不
安〉の言葉が乱舞、そして最後は〈不良債権〉だ。最近は、深刻な〈デフレ〉〈沈没〉
〈転落〉などの言葉がまるで日常語のようにマスコミで飛びかっっている。毎日、こん
な暗い風景的言葉を聞かされていたのでは、それこそ気分は意気消沈する◆経済の舞台
から社会に目を向けると、こんどは〈殺害〉〈残酷〉〈ウソ〉、そして〈偽装〉〈虚偽
報告〉〈ひた隠し〉だ。社会は、暴力化し、乱れ、インチキ化した。悪貨は良貨を駆逐
、加速化しているようだ◆政治、外交面ではどうか。こちらは例によって〈無策〉〈混
迷〉〈不信〉、そして、ゾッとする〈拉致〉の言葉。〈朝鮮民主主義人民共和国〉(北
朝鮮)が、これほど“脚光”を浴びたことはない。やり切れぬ腹の立つ風景的言葉ばか
りが、なんとはびこっていることか◆さて、小笠原村の舞台では、まさか、こんな“ク
ロ”一色の風景ではないだろう。明るい夢のある言葉を聞きたい。

◇ウオッチング/2002年7月号

 「ドイツ・ロマンティック街道を楽しもう」「中世の芸術都市プラハへ」「平和を語りかけるヒロシマ」◆暦のうえでは立秋も過ぎたが、夏のバカンスシーズン真っただ中とあって、各新聞紙上には、連日、ロマンの心を楽しませてくれる。「高原と温泉のリゾート志賀高原」「神々の大地ギリシャ周遊」大自然とエコの舞台、奥信濃」ーーこんなキャッチフレーズで訴える広告もあった◆しょせん案内広告だから、オーバーな表現も一部あるかもしれない。が、その都市街、土地の“真実”の姿を伝えている部分もあるはずだ。逆にいうと、こうした都市や土地には、観光客を魅了させるキャッチフレーズがあるということである。その地ならではの特色、個性、特化されたものでなくては、キャッチフレーズになり得ない◆さて、常夏の太平洋に浮かぶ小笠原の島に、そんな観光客を惹きつけるキャッチフレーズがあるのだろうか。「ホエール・ウオッチングを」「ダイビングを楽しもう」だけでは、対象が限られ、一般性に欠ける。観光客のロマンの心を揺さぶるパンチに欠けないか◆小笠原の自然や風土、環境を見ると、もっと魅力的な“売り物”を訴える宣伝文句がありそうだ。今夏の小笠原への観光客が減少しているのは残念である。


◇ウオッチング/2002年4月号


 少々大げさな言い方だが、4月を迎え、21世紀も二年度目に入った。桜の季節は、人間社会にとって、ひとつの「区切り」、新しいスタート台に立つ季節でもある◆その櫻の開花は、今年は東京周辺では1週間以上も早く、異常な温暖で一種の“狂い咲き”に近かった。今月からはわたしたちの暮らしにもいくつか大きな影響を与えるものがある◆ ペイオフ凍結がいよいよ解禁となり、70歳以上の高齢者の外来月額負担も引き上げられた。一方で、国民年金保険料の半額免除制が開始。但し、この場合は給付額が’全額納付者の三分の二に減額される。厚生年金受給では、65歳以上の正社員も保険料を徴収されることになった◆公立学校では土曜日がすべて休みになり、「ゆとりの教育」へ。これが「成」と出るか「否」となるか。東京電力の電気料金が平均7%ほど値下げされ、夫婦とこども2人の標準世帯で月額346円安くなる。これは、とりあえずハッピー◆4月は「区切り」だが、相いも変わらないのが、政界のダーティー問題。汚職まがい、サギまがいでカネを勝手にかき集め、しかも所得税も知らん顔。一般市民の常識とは別世界のいったい何様の世界なのだろうか◆“闇の世界”に怒りをぶつけながらしかし、わたしたちは、新年度のスタート台に立ち、ささやかでも何かハッピーへ向けて飛び出したい。


◇ウオッチング/2002年新年号


 明けましておめでとうございます。2〇〇2年の新しい年は「午」(うま)年。「午」は、十二支では、方角、方向の意味があり、その方角は「南方」を指す◆「南」を向いているということであれば、何やら明るい気分になる。午つまり馬で思い起こすのは、「一瀉千里」の言葉である。馬は、足が速い。はるか“千里”の彼方まで一気に疾走する勇壮、果敢な姿だ◆それにしても、昨年は、日本も世界も最悪の一年だった。昨年を象徴する言葉は「戦・乱・狂・牛」と出た。日本経済は一段と悪化、企業倒産は激増、失業者が増え、それに株の暴落。凶悪犯罪は増え、狂牛病が世界を騒がせた◆あのニューヨーク同時テロとそれに続く米軍などのアフガン攻撃。十年余続いた米国の好況も、一転して景気失速の急坂を転げ落ちた。欧州各国の景気もにわかに急下降へ◆テロを恐れて、各国とも海外旅行客が急減。旅行客の激減で旅客機はどれもガラガラ。このあおりで日本航空と日本エアシステムがいきなり合併というおまけまでついた。日本も世界もドロ沼でもがく一年だった◆さて、新しい一年。なんとしても「負」の連鎖を断ち切らねばならない。そして「午年」にふさわしく、南向きに流れを変え、一瀉千里の勢いでエネルギーを結集したい。が、明確なビジョンがなくては走れない。展望なき疾走は、暴走でしかない◆今年こそ、明るい夢と目標に向け、立ち上がって走り抜く年にしたい。


ウオッチング/2001年12月号


 小笠原村民悲願の空港建設、つまり「空の便」の実現は、石原都知事の一言のもとに、白紙に戻ってしまった◆「高速船を就航」といっても、海路と空路とでは、島と本土との「時間差」は月とスッポンほど違う。次元の違う話なのだ。それにしても、記者会見での知事の「小笠原は、TSLで十分だ」の発言が気になる。「十分だ」とは、どういうことか。何を意味しているのか◆小笠原には空の便を実現させるほどの意味も価値も乏しい・・というニュアンスが含まれていないか。空港建設拒否の理由は「自然を保護するため」であり、さらには「財政事情」だった。が、もう一つ、いまの小笠原の現実を見ると、そこまで無理して空港建設をするに価する島なのかという疑問を提起したのではないか◆人口は二千四百人足らずでも、例えば、魅力あるはるか南の島として、都民あるいは本土の人たちに「存在感」を強く訴えているなら、小笠原の評価も変わったに違いない。どんなに小さな島で、本土からの遠い島でも、日本の中の「異国」の香りの漂う観光・リゾート地として無視できない小笠原なら、世論にそむく、あんな発言にはならなかったはずであろう◆小笠原が、ただの南の島なら、はるか遠い孤島という評価にしかならない。航空会社がぜひ飛行機を飛ばしたいというような“人気”のある島なら世論も味方し、あんな発言はできなかったに違いない。


ウオッチング/11月


 「高齢化社会」「長寿化」ーーカラスの鳴かない日はあっても、この言葉を耳にしない日はない◆が、われわれ「現役組」は、あんがい、高齢化社会の実態をよそ事のようにとらえている向きがないか。本人(高齢者)あるいは身内に高齢者を持たぬ現役組は、とかく他人事と考えたくなる。若い人も、いずれはそういう年代層になるはずだが、社会人として元気に活躍している間は、そんな「現実」を突きつめて考えたくないといった意識があるのかもしれない◆最近、厚生労働省が発表した長寿番付によると、今年9月末現在で百歳以上のお年寄りは、前年より二千四百三十九人増え、一万五千四百七十五人と初めて一万五千人の大台を突破した。三十一年連続で過去最多を更新、あの東京オリンピック一年前の一九六三年当時はたった百五十三人だったというから、超スピードの高齢化だったことが実感として分かる◆世界に例のない猛スピード高齢化となれば、当然、このひずみや問題点もでてくる。最大のテーマは、「高齢層になるまで生きていて良かった」と思える受け皿としての社会を築くことである。若・中・高齢層共生の日本丸社会を創らねばならない◆そんな目標を下敷きにして、「現実」を映し出すと、介護保健の創設は「合格」だが、答えの見えない対応がまだ相当に多い。〈人生究極の努力目標は、どう死ぬかだ〉(カント)。その通りなのである。


ウオッチング/10月号


 世界を震えあがらせた、あの米国での・空想映画・じみたビル突撃同時多発テロ。一ヶ月以上過ぎたが、今もテロ・ニュースは連日、世界をけたたましく駆け巡っている◆ともかく、世界は、地球は、すさまじいスピードで、変化、激動、混迷の渦に巻き込まれている。タリバン、ビィンラディン、カブール。ニュースで毎日耳にするテロ組織と、指導者、都市名だが、こんな名称は、誰も知らなかった◆今、こうした名を知らぬ人はいないはずだ。ブッシュ米大統領は「これは米国に対する新しい戦争だ」と叫んだが、確かに一つの組織が一国を相手にアッタクするテロは、二十一世紀型戦争といっていい。戦争の形、質において、二十世紀までとはコペルニクス的大変化だ◆IT(情報技術)、ゼロ金利、デフレ・・こちらも、最近、やたら耳に飛び込んでくる経済用語だ。つい数年前まで、耳にしなかった言葉だが、今や世界の常識語である。好況といえば、米国経済であり、ITはその象徴的言葉だったが、たちまち米国経済もITも、「不況」の代名詞に変わった。◆変化も小泉首相ではないが、改革、変革に向けた動きであってほしいが、世情は、そうとも思えない。といって、無変化、無表情、マンネリは沈滞につながり、困る。改革を希求し、改革を実現するのが、二十一世紀人間だろう。小さな小笠原の島でも、同じことが言えよう。


◆2001.8月号


 「選挙は水もの」という言い方がある一方で、正反対の「選挙は予想(予測)以上のものにはならない」という定説もある◆今回の参院選の自民党圧勝は、今年度最大の“ニュース”だろう。期待通りの票を取れなかった民主党や予想外の惨敗をした共産党など野党は「選挙は水もの」と口惜しがり、大勝した自民党は「予想通り」とニンマリした◆今度の参院選、愚直なまでに「改革」を訴える“小泉フィーバー”の人気から、自民党の大勝は予想できた。国民がここまで自民党「小泉丸」に票を入れたのは、それだけ「改革」を支援、宿題を与えたことである。が、「改革」は何んであれ、痛みが伴う。その痛みも甘受、覚悟しての支援だったのか◆日本のさび切った古い社会構造、経済構造などに抜本的にメスを入れ、“世直し”に踏み切るということになれば、経済ひとつとっても、しばらくは景気はダウン、企業倒産やリストラなども増える。諸々の規制で恩恵を享受していた既得権益も崩れる。そうした痛みを覚悟してのことなのか◆だとしたら、国民の意識もひと回り成長したということになる。とはいえ、自民党・小泉内閣は、これで慢心、甘えてもらっては困る。正直言って小泉首相が訴える「改革」は、何をどう改革、どこにどのように痛みが出るかの発進が不足している。さしあたり「改革と景気」をどうさばいていくかが焦点となろう。


◆2001.7月号


  わたしたちは、「牛乳」と思いこんで飲んでいたのに、実は牛乳ではなかった。今月中にも公正取引委員会の指導で業界の規約改正をし、生乳100%でなければ、「牛乳」の表示ができなくなった◆これまでは、何と50%以上であれば「牛乳」と堂々と表示していたのだ。多分、51%以上の”牛乳”が当たり前のように罷り通っていたに違いない。この国では、つい最近まで「オレンジジュース」と表示しながら、オレンジ果汁は30%以下のインチキジュースもあった◆欧米先進国で牛乳やフルーツジュースを飲むと、誰でも「濃くて、うまい」ことに気づく。”本物”でないのだから、これも当然だった。見せかけ、外面(そとずら)、まがいもの。さらに言うと、偽装(粉飾)、ごまかし、言動不一致が、この国にはやたら目につくのはどいうわけか◆「日本は”みなし社会”だ」という社会学者もいる。そう言われてみると、例えば税制には、法人(会社)でもないのに法人と”みなし税”を軽減する「みなし課税」と言うのもある。不公平の典型とも言われる税制だ。あの大橋巨泉さんが「小泉首相が改革ぶっているのは、インチキだ」と批判して、七月の参院選挙に民主党から出馬するという。「国会で質問して化けの皮をはがせてみせる」と豪語している◆”ニセ”が横行するのは、遅れた国だ。「本物」を見抜く眼を養いたい。


NEW! ◆2001年6月号


 「・公僕・ってナニ?」。ほとんどの若者が、もう、こんな言葉など知らない。「公僕」は明らかに・地盤沈下・した◆言うまでもなく、公僕とは、国民(市民)のために、公けの仕事を全うする人。公けの仕事をする人なのだから、もちろん、己れの利害損得など考えてはならないということでもある。公僕にも、二つある。一つは、自らその公職を選択して仕事をする役人や官僚と、選挙を通じて国民の負託を受ける政治家や自治体の首長である◆宮澤昭一現村長が再選された。宮澤村政は、二期目に入る。村民は、過去四年間の宮澤村政に・合格点・をつけ、二十一世紀初頭四年間も村政を負託することになったわけだ。ある意味で、自治体市町村の首長は、知事と並び、権限は絶大である◆逆説的だが、権限が強いことは、実は何もしなくても村長の地位を保持できるということである。反面、ワンマン、独裁的さい配も振るえる。一方で、強いリーダーシップを発揮して、村民のための政策、行政をテキパキ実行に移すことができる立場にもある◆経済の分野に「対投資費用効果」という言葉がある。投資額に見合う経済効果があるかという意味だ。有権者は、宮澤村政に・投資・をし、その・効果・、つまり、〈善政〉を期待しているのだ。二期目は、「宮澤丸」がいよいよエンジンを高め、航路をばく進する時である。「公僕」の名を高めてほしい。


2001.5月号


 日本の少子高齢化が予想以上のテンポで進んでいる。少子化は国の労働生産人口を減らし、高齢者の増大は福祉、医療費などの財政需要を増やす◆つまり国の財政事情を悪化させ、経済の活力を失わせ、経済を衰弱させてしまうから、やっ介だ。今年も「こどもの日」が終ったが、総務省の統計によると、15歳未満のこどもの数は1834万人(男子941万人、女子893万人)で、前年より24万人減り、20年連続の減少だ◆総人口に占める割合も14・4%で前年より0・3ポイント減り、戦後最低を更新した。では、小笠原はどうか、国の平均より低いものの、確実に少子・高齢化が進んできている。「少子・高齢化」の最大の悩みは、そう言われてもその時代の人たちが・他人事・ととらえ、コトの深刻さにピンとこないことである。「オレには関係ない。わが家は、こども一人で十分」とすましている若者が多い◆20年ほど前まで、スウェーデン、フランス、ドイツなどで少子化が進み、人口減が大きな問題となった。が、これらの国は計画的な対策を立て、見事に人口減を食い止めた。都内中心地や郊外では、いま次々に小・中学校の統廃合問題が起きている。高齢化はやむを得ない。が、少子化は日本経済と社会制度のどこかに・問題・があることだ。昔は八人、十人とこどものいる家庭が多かった。末の子は、長十郎だった。懐かしい。



◆2001.4月号

 二十一世紀への「かけ橋」をあっという間に通り抜けて、早くも最初の四月、新年度を迎えた◆いつもながらの光景だが、ピカピカの帽子とランドセルを身につけた新小学生のニコニコ顔がなんともほほえましい。喜び勇んで学校に向かう晴れやかな姿を見ていると、大人(おとな)たちも元気がでてきて、夢が湧いてくる◆その大人の世界は、二◯◯◯年度は歴史に残るような「史上最低」の年だった。相次ぐ信じられないような凶悪犯罪事件、派閥抗争に大揺れの政治の沈滞ぶりも呆れるばかり。国民がすっかり「政治離れ」してしまったのも当然だろう◆日本経済の不振、病弊ぶりもひどい。「よくここまで」と言いたくなる銀行などの山積された不良債権、増える一方の大型倒産、株価は止めどもなく下落する一方だ。いったい海外からは「日本はいったい、何をやっているんだ」と怒られるが、日本は声なし、頭を下げるだけ◆昨年から、にわかに「デフレ」論が盛んだ。国や地方自治体は、一斉に予算を削減、企業はリストラ、株価は空前の大暴落、家計は将来不安とあって財布のヒモを必死に締める。であれば、経済は縮小、デフレの袋小路にはまり込むのも、これまた自然である◆こんな日本列島丸ごと不振を「空白の十年」という。新年度がその十一年目となるのか。小笠原だけは、そんな「空白」から抜け出したい。新小学生が弾むような足どりで帰ってきた。


(2001.1月号)

 二十一世紀の扉を開く新しい年を迎えた。おめでとうございます。どんな初夢で、新年を迎えられましたか◆一世紀前、一九◯一年は、明治三十四年で、十二支では丑(うし)年だった。新年は、力強さ、盛り上がりなどを示す巳(み)年である。二十世紀の門を開いた当時の日本は、不幸にもにわかに戦雲険しくなり、〈軍国・日本〉として世界にデビューした頃である◆二十世紀目前の一八九四年に日清戦争を起こし、この余勢で二十世紀三年目の一九◯四年には大国ロシアを相手に日露戦争にまで突っ込む。いずれの戦争にも勝利して、皮肉なことだが、東洋の小国がいっきょに世界の七大国に列した◆当時の著名なジャーナリストが二十世紀の世界をこう予言した。「二十世紀は、軍国主義、産業主義、社会主義の時代。一方で、地球は狭くなる」というご託宣だ。恐ろしいほどに、正確な予測。産業は驚異的に発展成長したが、戦争は絶え間なく続いた。旧ソ連を中心とする社会主義国圏が世界を二分したが、二十世紀末期に姿を消した点が、わずかに“減点”だったに過ぎない◆さて二十一世紀。この二十一世紀を迎える頃は、どんな世界になっているのか。少なくとも、二十世紀をそのまま引き継ぐことは許されない。経済至上主義は否定され、「地球をやさしく」が合い言葉になっているのかもしれない。


小笠原新聞(2000.8月号)

 暑い夏が、ただいま真っ直中。今夏は、猛暑、酷暑が続いている。夏は暑く、冬は寒い方がいい。何より景気を盛り上げる◆夏の南の宵空、はるか彼方の星座に、いま異変が起きている。夏の星座の代表格さそり座の頭部にあるデルタ星がこの一ヶ月の間に明るさが六◯%も増しているという。天文研究者らも「これほど増光したのは極めて珍しい」と話す◆デルタ星は、地球から距離が約六百光年で、通常の光度は一・三等。今の時期は、宵空の真南にあって、肉眼でも見つけ易い。「こんな増光は、百年に一度の興奮すべき現象。当面はさらに増光が予想される」と天文学者は夢をふくらませている◆なぜ、光を増したのか。高速で自転しているデルタ星から遠心力によって水素ガスが大量に噴出して、星の周辺にできたガスの円盤が反射して光っているのではないかと関係者は推測している。「吉」の異変?ならと願いたい◆小笠原の北方、伊豆諸島は、いま、地球、海底が大揺れだ。震度四ー六度の地震が連日のように発生している。夏のレジャーを楽しむ観光客もピタリ足を止め、島は閑古鳥が鳴いている。こちらは、地球の異変に、悲鳴を上げている ◆いま、この俗社会でも、元建設大臣の利益誘導汚職、有力銀行や百貨店の倒産など、異変ならぬ人災が相次いでいる。「凶」の激震は、つらい。


NEW! 小笠原新聞(7月号)

 森首相の「神の国」発言以来、日本語が話題となっている。日本語といえば、最近の若者たちの言葉の乱れもひどい◆「わたし的には、そう思う」「話しとして使ったりとかしているみたい」。文化庁の調べで、若者が日常会話で、当たり前のようにこんな言い方をしていることが確認された。そう言われてみると、電車内などで、こんな奇妙な日本語をよく耳にする◆こちらは若者に限らないが、テレビなどで「皇太后様は、昨日ご逝去されました」(逝去されました)「展覧会を拝見されましたか」(ご覧になりましたか)「病院には午後伺われた方がすいています」(いらっしゃった方が)といった誤った言葉もよく聞かされる◆日本語に限らず、言葉は、時代とともに変化する。それはその通りだが、昨今の若者の“はやり言葉”は乱れとしか言いようがない。なぜ、こんな妙な表現になってしまったのか。自分が間違ったときに、傷つかないよう、はっきりした言葉や断定を避けて発言をぼやかそうとしている。「相手と一定の距離を置いて付き合おうという若者気質が働いている」と分析する見方もある◆後者の誤った言い回しは、尊敬、謙譲、丁寧語の使い分けの誤りだ。日常会話の誤りはともかく、これが政治や行政の世界で、誤ったり乱れたりぼやかされた言葉で操作されたのでは、それこそ問題である。村議会、行政にも、そんな問題がないか。


  小笠原新聞 (5月号)

 豪華なゴールデンウィークも終わり、日本列島はこれから初夏を迎える◆いまの季節、長野や新潟、北東北や北海道では、スキーが十分楽しめる。北東北や北海道は、桜シーズンだ。ほんどの大半は、目にしみる新緑シーズン。かと思うと、沖縄では早くも海開きが始まっている。日本列島は意外にタテ軸が長く、風薫る五月は「冬春夏」が同居する◆一、二日を休みにすれば、九連休となった今年のゴールデン・ウィーク。「景気が悪い」「個人消費が振るわない」といわれながら、海外旅行客は史上最高の五十八万人強に達した。とくに欧米旅行は、昨年比なんと三三%増の七十万人を超える盛況だったという。景気はもう一つ元気がないが、個人は決してカネがないわけでは決してない◆納得いくもの、魅力的なものにはカネを使っているのだ。ムードで、あるいは、”横並び”による没個性型の消費がなくなったということだろう。観光であれ、一般の消費であれ、われわれは、これまで欧米人流の厳しい選別眼に欠け、消費志向も情緒的だった。「納得(魅力)が消費を生む」志向は、当然の結果である◆観光といえば、小笠原への観光客が、このところ低調のようだ。ホエール・ウオッチングの最盛期である三月の観光客は、前年比約二十五%の減少という。観光客のマイナスは、島の経済にとっても、痛手である。島の魅力づくりを、もう一度考えたい。


小笠原新聞 (4月号)

 「ミレニアムの四月」というわけでもないだろうが、二000年度、つまり四月から「介護保険」や「地方分権」だけでなく、私達の生活にかかわる身の回りの制度が法改正などで、いろいろ変わる◆景気対策の一環として昨年一月から実施されている十五年間、総額で最大五百八十五万円強の「住宅ローン控除(減税)」が二00一年六月末(入居)まで半年間延長された。住宅を購入(建築)しようという人にとっては、大幅減税を受けられる期間が半年延びたわけで、明報だろう◆住宅関連では、十年間、品質を保障する「住宅品質確保促進法」も施工された。新築住宅で基本構造面に欠陥があれば、メーカーは補修が義務づけられることになった。「容器包装リサイクル法」も施工となり、ビン、缶詰やペットボトルなどに加え、プラスチックと紙製の容器類も分別の対象となった。紙袋や包装紙なども、これからは、紙の収集日に集積場に出さなくてはならない◆「道路交通法」の改正で、六歳未満のこどもも車に乗せる時は、「チャイルドシート」の着用が義務づけられた。「学校教育法」の規則改正で、教員免許を持たない人が校長や教頭にもなれるようになった◆「地方分権一括法」の実施で、街づくりの都市計画を市町村独自の責任で策定できるようにもなった。それだけ自治体の能力が問われることになる。


 小笠原新聞 new! (3月号)

 木々の新芽のつぼみも、だいぶふくらんできた。小笠原ではあまりピンとこないが、冬から春へ、今年も季節の変わり目となる四月がやってくる◆季節の変わり目だけでなく、四月は新しい年度入りの月でもある。晴がましい新入学性や新社会人たち。希望と夢を忘れないでほしい。四月からは、身近な生活上の問題で、いくつかの新制度がスタートする。村の総合開発審議会に部会が設けられ、委員を住民から公募し発足した◆いままでと比べ「機能していない」「形骸化している」といった批判の声が出ないようにしてほしい。新しい制度といえば、いよいよ公的介護保険もスタートする。これは、「保険という形で、みんなで介護を支え合う制度だ。厚生省は、「介護保険は走りながら考える」という。新しい制度だけに、ある程度の摩擦は避けられないだろうが、だからといって混乱やトラブルがあってはならない◆例えば、介護の必要度を調べる訪問調査は、もともとは村職員の仕事だが、介護支援専門員など委託する自治体も多い。この場合は「みなし公務員」として中立公正が求められる。訪問介護の種類として、身体介護、家事援助のほかに複合型も加わったが、これも厳密に仕分けしないと、問題が生じる。介護保険は、市町村の「行政能力」を示す成績表といってもいい。高齢者に「よかった」と喜ばれる制度にしてほしい。


2000年  (新年号)

 一九00年代の一00年が過ぎ去り、二000年が幕開けした。おめでとうございます。二000年最初の年は、縁起のいい辰年◆古来、辰年は、・昇り龍・のごとく、雄々しく舞い上がる、勇ましく躍進する年といわれてきた。反面で雄々しい躍動のエネルギーが一歩踏み間違えて、乱世、狂乱がエスカレートする恐れもあると古人は説く◆それにしても、一九九九年の昨年は、総括すると、一体、どんな年だったのだろうか。経済では、不況、倒産、リストラ、失業、赤字、不良債権…。暗いことばかりが乱れ飛んだ。つい数年前までの日本では考えられないことだが、大手の銀行、自動車、家電メーカーなどが、次々と本社ビルを売却する事態となった◆そして、わたしたちの身辺では「じん臓を売って(借金を)返せ」などという驚くべき言葉までが横行した。一方で、母親同士のいじめがからんで、二歳の幼児を殺す痛ましい事件。殺人を犯した母親は、まさしく“鬼母”に違いない。そんな母親仲間の日常会話が「お受験」「公園デビュー」では、もうマンガとしか言いようがない◆九九年は、経済も社会も、暗くゆがんだ失望の世紀末ーーと後世の歴史家は解読するかもしれない。二十一世紀の橋渡しとなる新年は、小笠原にとっても、なんとか新世紀への“昇り龍”の一年にしたいものだ。


 小笠原新聞 99年11月号

  “ミッチー”こと故渡辺美智雄氏は、かって蔵相時代、例のミッチー節で、こんなことを言った。「少子化が進んでいることは悲しいことだが、高齢化社会を迎えたのは、キミ、おめでたいことなんだよ」◆その通りである。わが国は、いま世界に例を見ないテンポで、少子・高齢化が進行している。高齢化、つまり人間の寿命が延び、高齢者が増えれば、結果として、介護を必要としたり、さらには寝たきり老人が増えてくるのも当然である。「要介護」老人の増加は、いわば、“おめでたい”ことの延長線上の問題である◆来年四月からスタートする介護保険制度をめぐり、いま、議論がにぎやかだ。政府の見直し案に対し「社会福祉の理念がない」「選挙目当てのバラマキだ」など、批判が殺到している。何やら悲痛な、奈落の地獄にでも落ち込むような叫び声に聞こえてくる。マイナス、つまり「負」のプレッシャー(圧力)におびえ、うろたえているような悲痛な響きだ◆介護保険は、核家族化などで限界にきている家族の介護を社会全体で支えようというもの。おめでたいことの延長線上に、さらにハッピーな助け合いの制度をつくろうという“善政”の話である。介護保険論議は、ロマンの実現へ向けての議論である。深刻な議論が必要なのは、実は、少子化の方である。


 小笠原新聞 99年10月号

 九月に起こったトルコや台湾巨大地震は、日を追うごとに何れも被害が増え続けている。死傷者は一万人を超え、阪神大震災を上回る勢いだそうだ。被災地の皆さまに心から哀悼の意を捧げるとともに、お見舞いを申し上げたい◆国内では台風18号直撃によって九州五県で死者二十五人を出したのを始め、愛知県の竜巻による二百五十人のけが、十月には茨城県東海村の事故など、全国各地で天災を含めが人災相次いでいる。現地では、懸命の救出作業が行われているが、倒壊した家屋に閉じこめられている人々の一刻も早い救出と、被災した人たちへの迅速な救援・医療援助が急がれる◆阪神・トルコ・台湾の巨大地震はいずれも直下型。予知は難しく何れの地震も古い建物を直撃して被害を大きくしている。今世紀に入ってマグニチュード7以上の地震が世界で九百回ほど起こっている(気象庁)。その度に防災対策が叫ばれるが、その教訓が全く生かされていない◆天災は忘れた頃にやってくる--の言葉通りいつ起こるか予測が付かない。小笠原でも、先ごろ“防災訓練”を行ったが住民も参加せず、危機意識が感じられない訓練で終わった。天災を未然に防ぐには日頃からの心構えをどれだけ持ち続けるかで被害の程度も大きく変わってくるはず。小笠原とて震災は決して対岸の火事ではない。


 ◆小笠原新聞 99年7月号

 ツユが明けて、いよいよ夏本番。といっても、これは小笠原の北約一千・の本土の話◆こちら“常夏”の小笠原の島には、「うっとうしいツユが終わって、待望の夏本番」といった季節感に欠ける。観光立島を掲げる以上、こうした本土の人たちの季節感を十分に認識しておく必要がある◆夏本番を迎え、そうした本土の“小笠原ファン ”が、この南の島の明るい太陽を求め、青い空と海を求め、観光に、リゾートに、リフレッシュに、一千・の海路を渡ってやって来るからだ。あの地中海には、フランス、イタリヤ、スペインなどには、観光リゾートを看板にした島々が多くある。どこも一年中、リゾート客で賑わっている◆見事なのは、どの島も、例えば、真っ白な広いビーチ、しゃれた街並み、中世の社会を連想させるような歴史と文化の街づくり、など、リゾート客を楽しませる強烈な個性と顔を持っていることだ。そして、共通点は、街が独特に美しいこと。景観美がすばらしいのだ◆観光客やリゾート客がこの島にやって来るのは、単に海に潜ることではない。日常生活から抜け出し、快適で居心地がいい「非日常性」を求めて来島するのだ。この「非日常性」とは?まず「本土とは違う亜熱帯の常夏の島にきた」と感動させる街づくり、環境整備をすることだ。磨けば、小笠原には観光資源はいくらでもある。 


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